それは、ある意味で「開き直り」だったのかもしれない。
注意しても、響かない。お願いしても、読まれない。
だったら、もう少し“遠回り”して、心に届けてみようと思った。
私はまず、男子トイレと女子トイレそれぞれに貼る言葉を考えた。
直接的に「こうしてくれ」と言うのではなく、
その人の“気持ち”を動かす言葉を。
女子トイレには、こんな言葉を。
🟣 女子トイレ貼り紙(抜粋)
ようこそ、清き水の聖域へ。
私はここの女神です。
この場所に訪れたあなたの悩みやモヤモヤ、不運までも受け止め
すべてを静かに水へと流し、身も心も軽くするお手伝いをしているの。
だけど、私から一つだけお願いがあるの。
流していいのは、心の重みだけ。紙(カミ)はほどほどに。
めがみにとって、紙は分身のようなもの。
だからたくさん流されると、女神の力が削られてしまうの。
お願い。紙(カミ)とは、上品に、ほどほどに付き合って。
―― トイレの女神より
この貼り紙をした日、最初に声をかけてくれたのは女性のお客さんだった。
「トイレの貼り紙、読んで、思わずふふっと笑っちゃって。
でもそのあと、ちょっとだけ泣きそうになったんです。」
貼り紙を読んで“誰かに見守られているような気がした”と彼女は言った。
ただの張り紙。それだけで人の心に寄り添えるのなら──やってよかったと、心から思った。
そしてもう一方、男子トイレにはこんなメッセージを。
🔵 男子トイレ貼り紙(抜粋)
私がこの男子トイレを守る神です。
あなたがここを訪れたとき、不運やモヤモヤをすべて流して、すっきりさせる覚悟はできています。
だから、あなたの悩みや嫌なこと、全部流してください。
トイレは、一歩前進の場所です。
過去を流し、新たな気持ちで次のステージに進んで欲しい。
私が後ろで全力で支えますから、安心して前に進んでください。
前進した貴方に幸あれ。
―― トイレの神より
貼ってしばらくして、あるご夫婦が来店した。
先にトイレへ入った奥さんが出てくるなり、
「すみません、あの貼り紙って誰が書いたんですか? あれ、すごく良くて……」と、
ちょっと興奮気味に聞かれた。
「え、どこかからの引用ですか? オリジナルですか?」と。
それに私が「自作です」と答えると、
「じゃあ、旦那にも見せてきます」と言って笑いながらトイレへ促していた。
たかが貼り紙。されど貼り紙。
文字だけなのに、それを誰かが読んで、感情を動かして、さらに他人に伝えようとする。
不思議な連鎖だった。
しかも、どれも強制ではない。
ただ、心が自然と「動く」ような言葉であったからだと思う。
今、店のトイレには「注意書き」や「お願い」の貼り紙は一切ない。
あるのは、“神様からの手紙”のようなメッセージだけだ。
決してみんながみんな、それを読んでくれるわけじゃない。
かも知れないけれど、誰か一人でも“心で読んでくれた”なら、それがいい。
一人に届けば、その人が誰かを変えるかもしれない。
言葉の力は、数では測れない。
響いた一人がいれば、それは「奇跡」なのだと思う。
これが「ことばの宿」第三話。
言葉は、まだまだ、あなたの知らない場所で、力を持っている。
次回の第4話では、
「うまくいかなかった貼り紙。失敗した言葉と、成功した言葉の違いとは?」
──そんな裏話を、ちょっと赤裸々に語ります。

