ヒロさんプロフィール

こんにちは、ヒロです。

僕は信州信濃の蕎麦屋に生まれ、300年続く家業を守りながら蕎麦屋をしています。

僕の家系は宝暦7年(1757年)に初代が亡くなったという記録が残っており、それから数えて約300年。

長い歴史の中で伝統ある蕎麦屋の「かえし」を代々受け継ぎ、守り続けてきました。

しかし、伝統を守るだけではなく、現代の健康志向にもしっかり応えるため、なるべく無添加で自然な食材を使うことにしています。

自分自身、食べ物はその人の体と心に大きな影響を与えるものだと信じているからです。

しかしながら、伝統を守ることに疑問がありました。

伝統とは何と皆さんは考えますか?

有形無形の習慣・しきたり・傾向などがありますが、

「言われたことだけをする」というのが、どうも僕にはレールの上を走っている自由の効かない電車みたいな人生に感じられて受け入れられなかった。

もちろん、人によってはそれが楽と感じる人もいるかもしれません。

・オリジナル的なことがない
・目新しそうに感じない
・自由も足りない

僕の家の蕎麦屋は、約300年もの歴史を持つ。日本には長寿企業が多いが、300年続く店となると、そう簡単には存在しない。この長い歴史は、ただ蕎麦を作り続けた結果ではなく、時代の変化に適応しながら工夫を重ねてきたからこそ成り立っている。

受け継がれてきたものは何か?

  • 蕎麦打ちの技術:水の配分、こね方、打ち方、切り方——シンプルなようでいて、職人技の極み。
  • 味の哲学:無添加・自然な食材へのこだわりは、先祖代々続く信念のひとつ。
  • 商売の知恵:時代が変わってもお客さんの心を掴み続けるための工夫。

伝統とは、ただ守るものではなく、進化させるもの。

例えば、僕が無添加・自然な食材にこだわるのは、単なる昔ながらの方法を守るためではない。現代の健康志向に適応し、伝統を未来にフィットさせるためなのです。

と書くとかっこいいかもしれませんが・・・実は家業は単に嫌いだったのかもしれませんね。

な〜の〜で、小さい頃からの夢だったアメリカへいざ脱出!

これが本音ですね。きっと。。。いや絶対に!!!

僕は自由なのです

さて脱出を図り、水を得た魚のように自由になった僕は約20年アメリカに滞在しました。

異国での経験は、僕にとって何にも代え難いものでした。

乾いたスポンジに水を吸わせるがごとく、運転免許証をとり、銀行に口座を作り、ビザがあるうちに生活をするための最低限の全てを整えました。

ビザは人に言えるようなビザではありません。

そのような中でアメリカと言えば、ステーキの豪快さ。

いわゆるカレーのお皿からはみ出してしまうようなステーキ。

メキシコ料理のスパイシーさ。

これがメキシコ人の普通?と言われながらも、やたらと辛かったのを覚えています。

そしてスイーツの甘さ。

溶けていない砂糖がどっさり入ってたのには驚かされました。

また、学校のクラスの簡単なパーティーでは、生のニンジンをただ縦に八等分に切ってプラスチックカップに入れてくる人もいました。

でも、それが甘くて美味いのです。

なぜかはわかりませんけど、どこに行っても食への興味がありましたね。

またそれぞれの料理はただの食べ物ではなく、その国や土地・文化や人々の暮らしが反映されていたものかと。

今の様に携帯があればそれなりにもっともっと沢山のことを詳しく調べられたのでしょうけれど、当時は無かったですからね。

人に聞いて聞いて聞きまくり。苦労して知り得た分美味しさが倍増しました。

それを知ってから料理が持つ「ストーリー」により深く興味を持つようになりました。

料理はただ口に運ぶだけのものではなくその背景や作り手の思いを伝える一種の芸術だと感じるようになったのです。

各地にあるB級グルメとは言いますが、あれにしてもちゃんとストーリーがあって

・どうして?
・なぜここで?
・いつ食べていたの?

こんな感じで日本の各地にも色々な美味しいレシピが存在しているのです。

蕎麦は逃げた先で私を待っていた―不思議な体験

蕎麦について考え始めるようになったのは、もちろんずっと後のことでした。

アメリカに来たばかりの頃はそんなことすら微塵にも思いもしませんでした。

なぜなら、私はまるで水を得た魚のように自由な環境を存分に楽しんでいたから。

日本を離れて全く新しい世界に飛び込んだ私は解放感に満ちあふれていました。

しかし、さまざまな国の料理に触れて食べる中でだんだんと自分の育った日本食の魅力を再確認するようになったのです。

それを周囲の人たちに伝えることで、気づいたら自分がとても楽しくなっていました。

とはいえ、それは楽しいだけではなく難しさも伴うものでした。

例えば、アメリカ人の友人に「うどん」の話をすれば彼らは「知っている」と興味を持って話を聞いてくれます。

でも、「蕎麦」の話となると一気に反応が薄くなるのです。

理由は簡単で、蕎麦という存在を知らないからです。

ある時、友人に「なぜ蕎麦は黒いの?」と聞かれました。

「うどんは白いのに、何か黒くなるものを入れているの?」という疑問もぶつけられました。

その時、私は彼らが知っている「ライ麦パン」を例にして説明しました。

「ライ麦パンも色がついているよね。それは材料の特徴なんだ。蕎麦も同じで、そば粉を使っているから黒っぽくなるんだよ。」

また、「なぜ蕎麦は音を立てて食べるのか?」と聞かれた時にはこんなふうに答えました。

「空気と一緒に吸い込むことで、鼻に香りが抜けて味が広がるんだ。それに、熱い麺の場合は火傷を防ぐ効果もあるよ。」とね。

このように蕎麦について伝えるためには細かな説明が必要でした。

でも、その説明をしているうちに、あることに気づいたんです。

かつては嫌だと思って逃げ出した「蕎麦屋」という家業。

それなのに、アメリカという逃亡先で必死になって蕎麦の魅力を伝えようとしている自分がいる。

さらに、気づけば蕎麦そのものに興味を抱きもっと深く知りたいと思うようになっていました。

こうして振り返ると、本当に人生って面白いものだなと思います。あなたもそう感じたことはありませんか?

自由の果てに見つけたもの――探究心と蕎麦への道

アメリカでのことは、間違いなく「やり切った」と言えます。

やりたいことをすべて経験し、悔いは残っていません。

実際、戻れるようにとアメリカ市民権すら取得しました。

引退したらハワイに移住する計画まで立てていたほどです。

だからこそ、やり尽くしたと胸を張って言えます。

しかし、そんな私がなぜ日本に帰ろうと思ったのか。

それは、海外から日本を見た時に腑に落ちない「なぜ?」という疑問の数々がきっかけでした。

なぜ日本ではこうするのか?なぜこうしないのか?

アメリカでさまざまな人種や文化に囲まれ自由な発想で物事を考える中で日本の伝統や文化を改めて見直すようになったのです。

その中で自然と自分のルーツである蕎麦の存在が浮かび上がってきました。

もちろん、最初から家業を継ぐ決心があったわけではありません。

それでも、アメリカで出会った自由の概念が私を変えました。

自由とは「責任」だと気づいたのです。何をするのも、しないのも自分次第。

だからこそ、自分が日本に帰り、蕎麦をどう表現するのか、その責任と向き合う覚悟ができたのです。

父が他界したことで、その思いはさらに強まりました。

道半ばで親父を失ったことは、大きな喪失感をもたらしました。もっと沢山質問をして、もっと一緒に蕎麦を学びたかった。

しかし、それが叶わなかったからこそ逆に蕎麦への探究心が芽生えたのだと思います。

アメリカで自由に培った視点と経験が私に「蕎麦の奥深さ」を追求する原動力を与えてくれました。

蕎麦の世界は広大で、奥が深い。だからこそ、その奥を知りたくなりました。

そして今、この探究心は私の中で強く息づいています。

最終的に蕎麦作りを仕事として選んだ理由は実はとてもシンプルです。

「お客さんの笑顔が見たい。」 

その思いが、今の私を動かしています。

人生の大きな転機となったアメリカでの経験。

やり切ったと思える充実感が、私を蕎麦の道へと再び導きました。

そして今、この道をさらに深く掘り下げる旅が始まっています。

料理の心は、人を写す鏡

僕は今でも蕎麦を作るときに心の中で「おいしくなれ」と願いながら作っています。

おかしいかもしれませんがそうすると蕎麦の味が不思議と変わるんです。

料理には作り手の気持ちが反映されると僕は信じています。

料理は、気持ちを込めて作るとその味が特別なものになります。

ちょいと脱線しますけど東大生のアンケートでお母さんに作ってもらったお弁当の中身は何ですか?

的なアンケートが面白い物でした。

ちなみにあなたのは何でしたか?

東大生の最も多かったお袋の味なんと!おにぎり でした。 へぇ〜〜〜ですよね。

これには理由があります。

お母さんの手のひらで一生懸命子供の事を考え一つ一つおにぎりを握ったお母さんからの愛だそうです。

お弁当が悪い!ではなくて手間にしろ肌の温もりにしろそれが良い子を育てるのだそうです。

そういう研究をされている方からの説明でした。

よろしければご参考にしてみてください。

逆に、どんなに技術的に優れていても無関心で作られた料理はそれなりの味にしかなりませんし化学調味料で味を整えられた日には体も心も清々しいいなどとは程遠い物です。

ですから、蕎麦を打つときも一生懸命心を込めて作らせてもらってます。

それがお客様に届いてくれたならばそれは幸せな話です。ありがたい話です。

どのお店も同じ様に心込めて作っています。

僕だけでは無いでしょうが食品温度の話ではなく心温まるものを食べる事をお勧めいたします。

正確なレシピはどうすればいい?

料理をもっと上手く作りたい人からよく「正確なレシピってどうすればいいんですか?」と                      聞かれることがあります。

確かに、正確な配分で作ればそれなりに美味しい料理にはなりますよね。

ですが、実際に料理をする中で気づくことがあるんです。

正直に言いますと、料理には「これが正解!」というルールがありません。

もちろん、ケーキやパン作りのように計量が重要な場合もありますが多くの家庭料理はもっと自由でいいんです。

例えば、「豚の生姜焼き」でレシピを検索してみてください。

同じ料理なのに、味付けや手順が少しずつ違うレシピがたくさん出てきます。

グラム(g)やミリリットル(ml)で表記されているものもあれば、「醤油を大さじ1」と                            シンプルに書いてあるものや「チューブを押して2センチ」という曖昧な表現もありますよね。

それでも、どれも「正しいレシピ」です。

なぜかというと、料理には「その人の味覚」が反映されているからです。

・甘めが好きな人
・しょっぱめが好きな人
・酸味を効かせたい人

なので10人いれば10通りの「正解」があるんです。

では、「適宜」や「少々」という表現についても触れてみましょう。

初心者の方には曖昧に感じるかもしれませんが「適宜」とは「自分の好みに合わせて自由に調整してください」 という意味です。

料理は自由であるべきなので自分の舌で塩や醤油の量を確かめてください。

「少々」というのは指先で軽くつまむくらいの量を指すことが多いですが手の大きさや好みによっても変わります。

だから、最初は少しずつ入れて味見をしながら調整するのが大切です。

たとえ同じレシピを使ったとしても作る人の手の感覚や味覚で変化するのが料理の面白さでもあります。

では、そもそも「なぜレシピが存在するのか?」と考えたことはありますか?

それは、あくまで「作った人の味」を参考にするためなんです。

「僕は甘めが好きなのでこんな配分で作っています」とか「ちょっと塩気が強めかもしれないけど、こうするとご飯が進むんです」といった、その人の感覚をシェアするためのものです。

最終的に、レシピを自分の好みにアレンジすることで「その家の味」ができあがります。

例えば、大人になったときに「お袋の味」を思い出しながら料理を作るように。

その甘さや塩加減が、その家庭の味、そしてその人の思い出の味になっていくんです。

料理はただの作業ではなく思い出や家族の絆をつなぐ特別なものなんです。

だから、正確さに縛られる必要はありません。

むしろ、自由に楽しむことこそが大切なんですよね。

たかだか、『塩のひとつまみに一振り』 たったこれだけで全く違うものが出来上がります。

おにぎりには甘くも感じさせれますが、焼き魚では塩辛くもできます。

すごい調味料の一つです。

料理は感覚が大事です。

例えば

『100gの野菜炒めに塩とコショウを何グラム入れればいいのか』

という質問を受けたことがありますが、これもレシピで決まるものではなく自分の舌と感覚で調整していくものです。

それが「自分らしい料理」の色となり他の誰でもない自分の料理として完成していくんです。

料理は足し算だけじゃない。                            

料理は足し算、掛け算、時には割り算のように進めることができますが一度入れてしまった食材や調味料は「引き算」することはできません。  

今完成した美味しい物に例えば砂糖・塩・酢・醤油・味噌 などを加味すると言う事はとても怖いです。

だって出来てますから

とは言えもっと幅を広げたい裾を広げたいと考えるとそれはそれで良いのですが、入れてしまってからの変更は効きませんから小皿に分けてからでもお試しください。

だからこそ、一度入れたら戻せない緊張感も料理の面白さです。 

完璧なんて目指す必要はありませんからね。

あ!ちなみに完璧って何ですか。

むしろ、失敗を恐れずにチャレンジすることが、上達の鍵です。

出来た物にいろいろ入れてみたらもっと美味しくなった。

言い方変えるとあなたは発明家です。そう思いませんか?

でもその反対の事もあるという事も理解していただけましたでしょうか。

1回、2回失敗してもそこから学べば必ず次はうまくいきます。 

そうしているうちに、自然と自分らしい料理が作れるようになるんです。

それは何故かというならあなたは 発明家 だからです。

料理は冒険です。

最初はレシピ通りにやってみても次第に自分の感覚でアレンジができるようになります。 

だってもう少し、甘い味の方が・塩っぱい方が・酸っぱい方がとなるので、次回はオリジナルの味に自分のアレンジを付け加えて作る料理があなたオリジナルになります。

それが自分自身のスタイルを作り出すセルフプロデューサーであり人に教える事ができれば先生です。

失敗も成長の一部。

何度も作ってみることで少しずつ料理の本質がわかってくるはずです。

ヒロさんレシピで得られる5つのうれしい変化

このブログで公開しているヒロさんレシピを通じてあなたが得られるであろうメリットをぎゅっとまとめてみました。

1. 失敗を楽しむ力がつく

ヒロさんブログでは「失敗こそが成功の近道」と考えています。

たくさんの失敗を経験することで新しい発見や成長が生まれるんです。

結果、料理だけでなく人生全般で「失敗を恐れない自分」に変わっていけます。

2. 自分だけの「出汁(魅力)」が深まる

料理の味を決める出汁のように人間の魅力も経験からにじみ出るもの。

ヒロさんのブログでは料理を通じて「自分らしさを引き出す方法」も学べます。

あなたらしい「味」を楽しみましょう。

3. 運気アップのヒントが見つかる

実はヒロさん、神社本庁発行の免許を持つ神主でもあります。

お参りや人との向き合い方から運気を高めるコツまでちょっとした人生を向上させる考え方」をお伝えします。

壺の押し売りはしませんので安心してください(笑)。

4. ポジティブ思考を手に入れる

海外生活20年の経験から「言葉の力」でポジティブになれるコツも紹介します。

たとえば、ヒロさんがよく使っていた言葉の一つが「Have a nice day(今日も素敵な1日をお過ごし下さい)」。

言われた相手も言った自分もハッピーになる魔法のフレーズです。

日本でもこんな言葉を日常に取り入れるだけで気分がぐっと上がりますよ!

5. あなた専用の1ヶ月献立表をゲット

ブログ読者限定で1ヶ月分のオリジナル献立表を差し上げます!

好き嫌いや、スポーツ系・ダイエット系などの目標に応じてカスタマイズした内容で毎日の食事が楽しくなり、体調管理もバッチリです。

どんなライフスタイルにも合わせられるよう、一緒に考えます。

以上今のところ5つです。

このブログでは、料理だけでなく「人生をちょっと楽しく、ちょっと豊かにするヒント」                       をたくさんお届けしていきます。

皆さんの気持ちに寄り添った内容を発信していきますのでぜひ楽しみにしていてくださいね!

夢は子ども食堂。お金は良いから笑顔をよこせ!

私にはもう一つ夢があります。

それは、いつか「子ども食堂」を開くことです。 

すべての子どもたちが安心して美味しい食事を楽しめる場所を提供したい。

そのためには、まず食べることの楽しさを知ってほしいと思っています。

お腹が減っている子供の姿は見れるものではありません。

多くの方に参加して頂いて助けてもらって沢山の子供達から笑顔をもらいたいです。

子供は駆け引きがないですからね。

純粋無垢を相手に騙しは通用しませんから一生懸命を沢山沢山重ねて笑顔を貰えるようにして最高の子供達の居場所を作りたいです。

料理はただの栄養ではなく人と人を繋ぎ、心を満たすものだからです。栄養は口からしか入りません。

当たり前のことですが、コンビニ等では美味しそうな仮面をかぶった料理という事は言っておきます。

時間がなかったり、ごく稀であるならばそれはそれという事で良いのかも知れませんが週に何度もコンビニ弁当では体が壊れますよ。

本当の悲鳴を体が上げる前に、栄養のあるものを食べませんか。

質問やコメントはいつでも歓迎します!

一緒に料理を人生最高のものに変えましょう。                           貴方のちょこっとだけの勇気で人生が変わります。

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