昼の混み合う時間帯。
蕎麦を茹でる湯気の向こうで、四人掛けの家族が腰を下ろした。小学校低学年くらいの男の子と、まだ幼稚園に通っていそうな女の子。母親はスマホをいじり、父親は腕を組んで天井を見ている。
私は、いつも通り笑顔でお茶とメニューを持って行った。料理も仕込みも、その日のコンディションは上々。味も出汁も自信がある。だからこそ、この後の光景が余計に引っかかったのかもしれない。

「お待たせしました、こちらメニューになります。」
その瞬間、男の子がまるで宝物でも奪い取るかのように、私の手からメニューをひったくった。目を丸くするほどの速さ。しかも抱え込むように胸の前で押さえ、妹が覗き込もうとすると肘でガード。完全に独占状態。
まだこの時は、「まあ、子どもにはよくあることだ」と流そうとした。
けれど、その後が妙だった。母親が顔を上げて「何がいいの?」と息子に尋ねると、小声で「…ざる…」「…えび…」と囁くように答える。父親も「それでいいのか?」と聞くが、やり取りはすべて私には聞こえない内緒話。
注文を私に直接言う場面はゼロ。母親が代わりに淡々と「ざるそばと天ぷら盛り合わせ…それと…」と告げるだけ。目も合わせない。
料理を出し、食べ終えるまでの間も、家族の間に笑顔や会話はほとんどなかった。食事というより、タスク処理。
そして会計。こちらが「ありがとうございました」と頭を下げても、無言で立ち去る。普通なら、せめて一言ぐらい返ってくるだろうと思っていたが、それすらなかった。
正直、この時点で少し胸がざらついていたが、この後さらに違和感が積み重なった。
うちの店では「LINE友達追加で小鉢プレゼント」というサービスをしている。お得情報や新メニューの案内もできるし、お客さんにも喜ばれるから続けている。
父親がそわそわと店内を歩き回り、そのサービスを見つけたようで「これで小鉢もらえるって書いてあります!」と声をかけてきた。
もちろん笑顔で「はい、ありがとうございます」と返し、あえて4人分の小鉢を持って行った。
すると――「え!こんなに!」と驚いた声が返ってきた。
とは言え、嬉しそうでもなく、ただ「想定外だった」という反応。
ありがとう、はない。
「忙しいのにすみませんね」もない。
「世話をかけましたね」もない。
くれるって書いたのはあなた!
くれるって書いてあったから見せただけで人数分欲しいなんて一言も言ってない。
無料だから貰ってやるかのような空気だった。
それだけならまだいい。帰り際、母親が自分の服を店に忘れていた。気付いて車まで走って届けた。
が――ありがとう、の一言もないまま父親曰く、大人が忘れてれば話にならんね!
もし子どもが忘れたなら笑って許せるけど・・・
でも、この家族はどういう家族なの?
さらに、忘れ物を届けてふと見渡したら、今度は子どもの靴が外に落ちていた。
これも急いで靴落ちてますよ!って拾って上げてもやはり無言。
その瞬間、私の中でふとよぎった。
――この家族、本当に家族なのか? 家族じゃなくてもおかしすぎませんか?
それくらい、互いへの関心も、温度も、感謝のやり取りも感じられなかった。
どの場面を切り取っても、「ありがとう」がない。
別にこちらを褒めろとは言わない。ただ、料理も、サービスも、忘れ物を届けたことも、全部「当たり前」として消化されていく。
そんなに私は嫌なことをしたのか?
むしろ一生懸命やった結果が、この無言と無反応なのか?
胸の奥で、怒りと虚しさが混ざり合う。
「お父さんあんたの背中で感動を味わせろよ」
「お父さんあんたの背中で、ものを語れよ」
そんな言葉が頭の中で何度も響いた。
でも、こういう家族は少なくない。悪意があるわけじゃない。ただ、感謝を口にする習慣も、背中で示す習慣も、持たずに生きてきただけかもしれない。
しかし――それでいいのか?
この問いは、そのまま私の胸に刺さったまま、次の考察へと向かっていく。
「親子は、何を背中で伝えているのか?」

